SSブログ

「『老年症候群』の診察室」大蔵暢著:老人ホームの医者の体験談。老後を考えるためのすごく良い指南書! [本ノンフィクションいろいろ]

「老年症候群」の診察室 超高齢社会を生きる (朝日選書)

「老年症候群」の診察室 超高齢社会を生きる (朝日選書)

  • 作者: 大蔵 暢
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2013/08/09
  • メディア: 単行本
8点

老人ホームでチーム医療に取り組む著者による、歳をとると体が若い頃とどう変わるのか、
治療もどう変えていく必要があるのか、そういう視点で、高齢者の病気や、高齢者を悩ます
様々な症状などと、自分の行った対処について、わかりやすく語られている本。

最初の章は「虚弱高齢者」について。
この章を読むだけでも、歳をとることによる体の変化がよくわかる。

長い年月をかけて、体全体が衰えていく。
当たり前の事だけど、なかなかそれをしっかり認識できない。

古くなってあちこちにガタが来た自動車は、様々な部品が劣化し、故障したりする。
あそこを直しても、次が・・・とまた壊れ、最後には買い直した方がよくなってしまう。
元の状態には戻れない。
人間の体も同じで、20代~30代をピークに、全身が弱っていく。
内蔵移植などで部分的なパーツを交換できたとしても、他の部分への負担も大きいし、
全身を交換することは、もちろん不可能(「999」の機械の体でもあれば別だけど)。

もともと弱っている体に、様々病気、そして多くの薬、副作用、不快な症状やそれに伴うストレス、
体が弱ったことによる転倒などの事故、そして老いたことに対してのストレス・・・
いろいろな要因が絡まり、高齢者は「虚弱化」していくという。
それも、入院、怪我、近親者の死などの大きな要因があると、急激に虚弱化が進んだりするという。

「虚弱化」した高齢者には、いろいろなトラブルが起きる。
例えば、あちこち調子が悪くなり、いろいろな病院にかかる。
薬をいろいろもらう。
しかし、虚弱化した高齢者は、薬の副作用も出やすいという。
めまい、食欲不振、頭痛、倦怠感・・・・etc。
いくつもの薬を飲んでいると、それが病気由来の症状なのか、薬の副作用なのか、
医者ですら判断が難しくなるという。

それぞれの症状を治そうとして、いくつもの病院にかかった結果、医療による恩恵より、
弊害のほうが大きくなっている高齢者も、多いという。
また、複数の医者がそれぞれ自分の専門だけを担当しているため、
その高齢者を責任をもって総括してみている医者がいない・・という状態にもなっているという。

また85歳以上の高齢者の場合、一度失った日常生活機能を回復するのは、ほぼ不可能だという。
かなり虚弱化が進んだ80代~90代の母親に、もっとリハビリをさせてまた歩けるようになって
欲しいと望む子供。
でも、虚弱化が進み、残りの人生が短いと思える場合、「また歩けるように頑張りましょう」と
心地良い言葉を盾に、無理にリハビリをするより、残り少ない余命をいかに幸せに過ごせるかを、
考えた方がよいと著者は考える。

20代では、ほとんど差が無い健康状態。
40代になると、持病を抱えていたり、若干の差がではじめる。
この年代くらいから、運動不足とか、栄養の偏りとか、それまでは、放置してても大丈夫
だった体に悪い事の影響が顕著に出始める気がする。
そして高齢者になると、同じ年代でも、元気で庭仕事ができる人がいるかと思えば、
ベッドから自力で起き上がれない人もいる。
加齢により、健康状態は多様化する、だからその人に合わせた治療が大切だと著者は、
本書の中で何度も繰り返している。

病気など医学的な側面だけでなく、脳の機能(認知症等)、精神面(うつ症状←老人性鬱病は、
かなり多いらしい)、日常生活自立度、転倒などの危険度、居住状態、家族や家計など、
高齢者の置かれた立場を包括的に見る「包括的高齢者評価」が大切だと著者はいう。

著者は、老人ホームに入居してきた高齢者の、パーソナルヒストリーを傾聴し、
介護士、看護師、リハビリ療法士など、その高齢者を担当する、様々な立場のスタッフを集め、
定期的にミーティングをしているという。

また、後半の章で触れられているけど、高齢者の入院リスクについて触れられている。
著者の担当している老人ホームは、かなりの医療設備が整っている。
それでも、ちゃんとした病院に入院したほうが、経過観察もより細かく行って貰えるし、
しっかり治療もしてもらえる。
しかし、入院によりせん妄がおき、それによる事故、虚弱化や認知症が一挙に進むリスクも、
かなりあるという。
治療するための入院が、急激に高齢者の状態を悪化させる、入院前は歩けていたのに、
寝たきりになったり、認知症が発症する
ホームや在宅で治療するリスクと、入院するリスク・・・高齢者には、様々なリスクがつきまとう。

また虚弱高齢者は、入院などで筋力などが衰えると、入院前の状態まで回復させることは
困難であり、入院のたびに、体が衰えていく可能性があることなどについても書かれている。

医者も加わった「包括的高齢者評価」の元、ケアをして貰えるというのは、かなり恵まれた
状況だと思う。
本来、すべての高齢者がこういうケアを受けられることが望ましいんだろうけど、
現状ではコスト面で難しい気がする。
著者が担当している老人ホームを調べたけど、入居に2000万、それプラス月30万ほどかかる。
私が知っている、近隣の老人ホームで、これくらいのケアをして貰えそうだと思うところも、
ほぼ同じ料金だった。

逆に言えば、サービスは無料ではないので、安価にこのようなサービスを提供しようとすると、
今でも赤字で問題になっている公的な介護費は、数倍に跳ね上がるだろう。
もしくは、安い給料で人を働かせる状態に拍車がかかるか。

実際、上記の料金にプラス、公的な介護費用が1人に付き月10万~50万ほど、
その高齢者の病気によって、医療保険もかなりの額が使われているのを考えると、
一人のケアに膨大な金額がかかっているとも言える。

お金が全てでは無いけれど、お金があれば、高齢になった時の問題の対処に関して、
かなり充実させることはできるんだなーという、厳しい現実も見える(^^;)。

第二章は本のタイトルにもなっている「老年症候群」について。
加齢による身体の衰えにより、様々な体の不調がでてくることを書いている。

例えば、入院した高齢者が起こしやすい「せん妄」。
これは、入院などで精神的混乱が起き、行動がおかしくなったり、
現状をしっかり把握できなくなること。
若い人ではめったに起きないが、高齢者ではよく起きるという。
それは「脳が衰えている」からだ。
実際、義父が簡単な手術で数日間の入院をした時、麻酔から覚めて、翌日くらいまで、
実の娘のことがわからなくなったり、入院したことがわからなかったり、トンチンカンなことを
言ったりせん妄に陥った。
この本で、せん妄を起こすということは、認知症やパーキンソン病、目が見えにくい、
耳が遠いなど、体が老化している複合的な結果だと言っている。
入院した時、義父は体はとても丈夫で、内臓疾患もなし、しかし入院した翌年くらいには、
アルツハイマー初期の診断が出たので、やっぱり脳の衰えがあったんだなと、思ったりした。

認知症ケアに関する話で、入浴を拒否するようになった入居者を4ヶ月ぶりに入浴させる事に
成功した話が載っていた。
子供と違って、叱ったりできない。
無理にやろうとすると暴れたりする。
本書にも書いて有るけど、認知症ケアは定石が無く、気を長く持って、
試行錯誤を繰り返すしか無いんだと思った。

また、高齢者がかかりやすいのが「老年期ウツ」で、初期症状が認知症と似ているため、
専門医でもなかなか判断がつかず、投薬の効果で確認するしかなかったり、
認知症とうつを併発していたり・・と、診断も難しいし、これも認知症と同じように、
いろいろな弊害がある。

友人の祖母が老年期うつにかかった時の話を聞いたら、その行動はまるでアルツハイマーの
認知症患者のようでした。
その後、入院して回復したらしいので、本当にウツだったんだと思ったり(アルツハイマーは
回復はしないので)。

また高齢者になれば、転倒しやすくなり、これもまた老年症候群と書いてある。
転倒で骨折し、それが原因で寝たきりになる人は多い。
転倒→回復→しかし体が衰えているのでより転倒しやすくなる→転倒→もっと体が衰えて・・と、
転倒で体が衰えると、それが次の転倒につながり・・というケースはよくある。
アメリカには「転倒」の専門家がいるほど、高齢者医療では重視されている項目だそうだ。
また転倒の危険因子には、高齢者が飲んでいる様々な薬の副作用も入っているという。

また、認知症のある高齢者の場合、自分が転倒しやすいという認識が無いため、
短期間に転倒・骨折を繰り返し、あっという間に寝たきりに・・・というのも聞く。
著者も、認知症のある虚弱高齢者の転倒リスクへの介入に関しては、
今のところ絶望的だと述べています。

この辺、病院や施設でも悩みどころなようで、認知症があり動ける高齢者が勝手に動いてしまい、
転倒骨折し、家族から訴えられるというケースも多いよう。
病院などでは、それを防ぐため、そういう危険があると拘束するケースも多いし、
認知症でなくても、転倒の危険がある場合、ベッドから一歩足りとも降りることを
禁止するところも多いよう。
虚弱高齢者で、自分で動ける人の転倒を防ぐめには24時間目を離さないしか無いと思うので、
不可能と言えば不可能だし。

たくさんの薬をもらうことにより弊害についても、いろいろなケースで語られていて参考になる。
ある症状を抑えるための薬の副作用でめまいが起き、めまいを抑える薬で・・・・etc、
いろいろな副作用で全身状態がよくなく、不活発になり、より虚弱化が進行する・・、
1人の医者ではなく、それぞれの専門医にかかった場合、そういうことが起こりやすいという。

尿漏れなどを防ぐ薬には、神経系の動きを阻害する効果もあるという。
日々、部屋にこもりぼーっと過ごしていた高齢者の女性は、尿漏れを受け入れ、
紙パンツにすることにし、薬をやめた途端、ホームのレクリエーションに活発に参加し、
毎日を生き生きと過ごせるようになったという例なども載っている。

他にも最近何かと話題になる「胃ろう」、施設での看取り、悪い事(病気・近親者の死等)を
高齢者に告知すべきか、延命治療をして欲しいかなど、終末期の決定と家族とそれを
話し合うことの重要さなども述べられている。

骨の健康では「理想か現実か」という副題で、高齢者と薬の問題の難しさが語られている。
効果のある骨粗しょう症の薬。
現在はメインの薬は2種類ほどあるが、片方は飲む手順が煩雑で
(起床直後に、180ccの水と一緒に飲み、その後30分は横にならない)、
用法を守らないと胃を荒らしたりする←胃に穴が開いて命に関わったということもあるらしい。
もう一つはそういう手順は無いが、血栓を作りやすいという副作用がある上、
背骨の骨折には効果があるが、手首や大腿骨骨折に関しての良いデータは無いという。
認知症がある方には飲み方にいろいろ決まりがある前者の薬は勧められない。
また、車椅子での生活なら、手首や大腿骨の骨折の可能性が低いので、
後者の薬が合うが、骨粗しょう症の薬一つとっても、他の既往症や、高齢者の状態、
生活環境に関しても考慮しなければいけない等が、よくわかる説明になっている。

またある臨床研究データを比較し、骨粗しょう症の薬を飲んだ100人と、
飲まなかった100人、飲んだ100人の内、その後の3年間で圧迫骨折をしたのは、
飲んだ人12人、飲まなかった人19人。
7人の差のリスク軽減を、薬を服用するリスクと天秤にかけ、どう捉えるかという問いかけもされている。

またあるコレステロールの薬は、心臓発作や脳卒中のリスクを下げるのに5~6年、
骨粗しょう症のある薬は、骨折リスクを下げるのに4.2年かかるというデータを取り上げ、
余命が限られた高齢者に、そのような薬を処方することへの疑問も提示している。

日本は薬が安いため、薬は安易に処方され、飲む方もその効果を詳しく知らないまま
飲んでいるケースが多いという問題点も指摘されています。

また血栓予防のワーファリンという薬に関しては、その薬の血中濃度を一定にする必要性から、
食べ物の制限が厳しく(納豆・青菜などビタミンKを多く含む食材や飲酒などが禁止)、
毎月の血液検査が必要(1人で受診できなければ、毎月家族の付き添いが必要-介護保険では
病院の付き添いは実費になることも多いので付き添いがいなければ、タクシー代、
付き添い代なの家計への負担も大きい)、他の薬との飲み合わせ問題が多いなどの、
いろいろな制約があることと、出血性の副作用がある問題について書かれています。
心臓や、脳梗塞等の予防は、脳出血などのリスクを伴う。
そして、脳梗塞などのリスクが高い人ほど、虚弱高齢者が多く、副作用のリスクも高いという。
ある患者さんでは、脳血栓症を起こすリスクが1年間で2.5%、薬によって1.3%まで下げられるが、
そのぶん、出血性合併症リスクは1.9%になる。
このように、治療してもしなくても、どちらもリスクがあるというのが高齢者医療だと述べられている。

最後の方の章では「治療」か「癒し」かということで、体が衰弱している虚弱高齢者の場合、
老衰に向かっている過程を、「治療可能」と勘違いし、必死になって「治療」することにより、
高齢者の生活の質を軽視してしまっているのではないかという、高齢者医療の問題点についても
考察している。
老いていく事は止められない、治せない、そういう観点も必要で、より長く生きるではなく、
「より良く生きる」発想の転換が必要。

ということで、高齢になった時、体や精神はどう変わるのか。
その時に、どう向き合うべきなのか。
また介護する家族も、それを知っておくことで、親や近親者の老後に向き合えるとともに、
介護や医療との連携もしやすくなる、という意味で、親の介護や自分の老後を考えだす、
40歳を過ぎたら、是非欲しい一冊。
事例も多く、著者の考えは考えとしてその根拠などもしっかり語られている上、
押し付けがましさもあまりなく、自分で考える機会も与えてくれる良い本です(^^)。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。