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「極限の民族」エスキモー、ニューギニア高地人、アラビア遊牧民 [本ノンフィクションいろいろ]

極限の民族

極限の民族

  • 作者: 本多 勝一
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞
  • 発売日: 1994/01
  • メディア: 単行本  7.5点

「極限の民族」である、エスキモー、ニューギニア高地人、アラビア遊牧民に関して、1960年中期に、著者が現地で一緒に生活し取材したルポタージュ。私は図書館で一冊にまとまっている物を借りたけど、どうも別々に本が出ているらしい。

エスキモーに関しては、植村直己も、エスキモー村に滞在する際、参考にしたと言っており(著者本多勝一氏との対談で)、食事もほぼ同じ物を食べ、同じ家で生活し、猟にも同行し・・とかなり生活に密着し取材している気がする。

植村直己の「極北に駆ける 」に比べると、お世話になったエスキモー個人の性格に関して辛口の部分もあり気になるが、個々人の受け取り方はあるにせよ「みんな良い人」なんて事は無いので、それはそれで納得。

全く数の概念が発達していないエスキモー(大人でも、「8頭の獲物がいて、6頭取れた、だから逃げたのは2頭」という簡単な引き算も出来ないという)の実態と、後先考えず食料を消費してしまい一歩間違えば飢饉に陥ってしまう生活の密接な関係なんて考察は、なるほど~と思ってしまった。

「ニューギニア高地人」の取材では、比較的発展している海岸部ではなく、石器時代の生活をしていると言われていた「ダニ族」「モニ族」に集落に滞在し、取材をしている。「ダニ族」に関しては、第二次世界大戦時ニューギニアに駐屯した兵士の手記などで、人喰い人種として恐れられていたらしいのを知っていたのだが、「人喰い人種」であるかどうかは別として、勇猛果敢な民族であるらしい。また「人喰い人種」として野蛮と差別する事についての考察がこの本で述べられている。

作者は、エスキモーの時と同じように食事も現地人と同じにしようとしたが、エスキモーとの生活では死んだばかりの獲物の腸などに抵抗を感じつつも、ほぼその目的を達成したのに、ニューギニア高地人との生活では、主食があまり食すのに抵抗の無いイモ類中心だったにもかかわらず、数日でギブアップしてしまったという。ニューギニア戦記でも、現地人と同じ食事では体がもたないと書かれていたのと通じるものがあるのかもしれない。

少し気になったのは、村人に何かして貰う為、包丁・マッチ・タオルなど、現地には無い物をどんどんばら撒いていた事。何か、外国から来た人間が、金で何でも思うままにしよう・・というように見えてしまった。

と、ちょっと気になる部分はあったが、山の中を恐ろしい程の駿足で長時間駆け続ける人々の話や、容器というものを持たない生活、言葉すら違う民族が同じ村に住んでいる状況など、いろいろ面白い話が読めた。

最後に「アラビア遊牧民族」ベドウィンとの生活。

砂漠という厳しい環境の中、テントを張り、遊牧をして生活する人々。イスラム教を信仰している為、宗教の影響が他の2民族よりとても大きい。

エスキモー、ニューギニア高地人との生活では、文化が違っても人は同じだと思ったが、ベドウィンと生活すると、文化によって人はここまで違ってくるのかという考えを深くしたと書いている。

そして著者は、ベドウィンに関してはかなり批判的な事を書いている。最初は親切だが、その親切は後でごっそりぼったくる為であると。

これを読むと、アラビア遊牧民を嫌いになってしまいそうなぐらい、嫌な人達として書かれているのだ(^^;)。

ベドウィンに関しては、いろいろな行動の裏に、文化的宗教的背景が深く関わっていそうなので、機会があれば、またこれに関する本を読んでみようと思った。1つの本の批判的な内容だけで判断しちゃうというのも危険だと思うし。

世界にはいろいろな文化生活の人々が住んでいると改めて思う一冊。知らなかった事もたくさん載っており、なかなか面白かった。


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