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「妻と最期の十日間」桃井和馬著:突然くも膜下で倒れた妻。その迫り来る死を著者はどう受け止めたのか!? [本ノンフィクションいろいろ]

妻と最期の十日間 (集英社新書)

妻と最期の十日間 (集英社新書)

  • 作者: 桃井 和馬
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/12/17
  • メディア: 新書
8.5点

写真家でありジャーナリストである桃井和馬氏。
今まで読んだのは「観光コースでないアフリカ」「破壊される大地」(どちらもリンク先感想)。
ニ冊とも、世界の知られざる影の部分を浮き彫りにしたルポルタージュで、
とても興味深い内容満載、かなり面白かった。

世界の危険地帯を跳び回って取材をしているイメージの著者。
死は見慣れているはずと思っていたのに、40代でくも膜下により突然倒れ、
死を待つだけになった妻を目の前にしての、その動揺ぶりには驚いた。

はかりしれない喪失感に、夢と現実の区別が曖昧になり、「慟哭」の意味を身を持って初めて知る著者。

合間合間に挟まれる、壮絶な取材先での思い出。
1990年代共産主義が崩壊、混乱するロシアで、
毎日のように死体安置所に運ばれてくる、数多くの凍死者の姿、
ルワンダの人骨が山のようにつまれている虐殺があった教会、
虐殺に加わった人々が礼儀正しく、優しい普通の人々である事を知り、
状況さえ揃えば日本でもこのような虐殺が起きるだろう事に思い当たり凍る背筋、
取材先で見た悲惨で過酷過ぎる様々な国のエピソード。
そんな壮絶な光景を目の当たりにした時より、妻の死を目前にした時の、
著者の心の動揺が大きかったのが伝わってくる。

そして、作中で語られる妻の思い出は、キラキラと光り輝いていて、
彼の中で、妻の存在がいかに大きかったのかが伺いしれる。

眠れず、食べられず、疲弊し、現実を受け入れられず、喪失の予感に恐れ戦き、
心の中は、愛する者へ下された突然の死の宣告に恐ろしいほどに混乱しているにもかかわらず、
医者や見舞い客への対応を、しっかりこなす著者。
この時、著者に会った人達は、彼の心がここまで混乱しているとは、わからなかったと思う。

興味深かったのは、クリスチャンである著者の、奇跡と神の捉え方。
彼は「奇跡」を否定し続け、妻が状況的に絶対助からない事を受け入れようとする。
延命措置も望まない。
子供が、母親と最期の別れができるようにとの、数時間の延命すら拒否した。

彼は「祈る」=「願いが叶う」という「機械仕掛けの神」(自動販売機の神)を否定し続ける。
神に祈れば必ず願いが叶うのであれば、神は人間の欲望の範囲でしか存在しない
矮小なものだと評する。
彼は「奇跡を求めない」。
ブッシュとイラク戦争を引き合いに出し、「自分の都合の良い奇跡を求める信仰」は、
自分達の信仰が一番正しく優れていると信じる事になり、その正義の元に残虐な行為が
行われる結果になったと、「奇跡を求める信仰」を否定する。

異教徒同士の衝突は、いまだ世界各地で起きているし、その根源には、
確かにこの「原理主義思想」が働いているとは思う。

ただ、奇跡を祈ることが、即原理主義につながると、私は思わない。
例えば、ルワンダ虐殺の時、狭いトイレに7人で3ヶ月も隠れ助かったイマキュレーは、
神を信じる事を原動力に、奇跡を起こし、家族を虐殺した隣人達ですら許す
(著作「生かされて」の感想はこちら)。
全く逆なのが「ルワンダ大虐殺~世界で一番悲しい光景を見た青年の手記~」(リンク先感想)で、
この手記の著者は、奇跡を求め、それが叶わなかった思いが、より絶望を深めている。

と、神を信じる気持ちは人それぞれ違うし、その気持ちや、捉え方自体が、
その人の、人となりを表しているような気もする。
そして、自分の考えを貫き、極限状態になっても奇跡を祈らない著者の姿勢には、胸を打たれた。

くも膜下で倒れた妻が逝くまでの10日間の著者の気持ちを、克明に記録したこの本。
切なさ、悲しさ、寂しさ、そして強さが詰まっている本だと思う。
また、家族がいる普通の生活が、いかに幸せであるかを、再認識させてくれる本。
すっごくお勧め!

そして、東日本大震災直後に、何ヶ月も前に予約していた本が手元に来た偶然にも感謝。

避難所で「身内を亡くしたけど・・」「家族がまだ行方不明なんだけど頑張らないと・・」など、
悲しみは伝わってくるが、それでも落ち着いて、テレビのインタビューなどに答える人々。
そういう人達を、私は「強いな~、しっかりしてるな~」と思って見ていた。
日本人はあまり感情を表面に出さないと言われる。
きっと落ち着いてインタビューに答えた人々も、一人になった時、ふとした折りに、
著者と同じ気持ちに押しつぶされそうになっているんじゃないか・・・と思えるようになった。

震災で1万人以上の方が亡くなり、行方不明者もまだまだ多数いる。
どうしても、数字の大きさに目を奪われてしまうが、亡くなった方の数だけ、
嘆き、悲しみ、慟哭、祈り・・・著者が味わったような気持ちのうねりがあるのだろう。
この本を読むことによって、数字の大小や、テレビのインタビューなどで見せる
被災者の落ち着いた態度などに惑わされず、身内を失った一人一人の心の奥底にあるだろう、
悲しみや辛さを、しっかりと気付かせて貰った事がありがたい。
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