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「信仰が人を殺すとき」ジョン・クラカワー著:神の名の元、人を殺す心理とは [本ノンフィクションいろいろ]

信仰が人を殺すとき - 過激な宗教は何を生み出してきたのか

信仰が人を殺すとき - 過激な宗教は何を生み出してきたのか

  • 作者: ジョン・クラカワー
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2005/04/20
  • メディア: 単行本
7.8点

エベレストで多数の死者を出した遭難事件を扱った「空へ」、
荒野に一人旅だった青年の人生を追った「荒野へ」(「イントゥーザワイルド」(傑作!)として
映画化もされてます-感想こちら)。
ジョン・クラカワーのこれらの作品は、綿密な取材により、様々な視点からテーマとなる事件を捉え、
それを詳細にまとめあげていて、どちらも名著!
そして、この「信仰が人を殺すとき」も、期待を裏切らない内容O(≧▽≦)O。

ただ、タイトルから、「魔女狩り」「宗教戦争」「イスラム過激派」・・・など、
宗教的対立で死んだ人は膨大で、そういういろいろな宗教の歴史も含め、
考察したものかと思って読んだら、「モルモン教」のルポで、最初はガッカリ。
でも、読了後の感想は「読んで良かった!!」です。

モルモン教は、アメリカ生まれの新興宗教。
タバコ、アルコール、珈琲が禁止など戒律が厳しく、素朴で勤勉。
過去に一夫多妻制で迫害を受けたが、一夫多妻制を禁止し、アメリカに溶け込んでいる宗教。
布教活動が盛んで、日本でもよく見かける宣教師はモルモン教の事が多い。
ってぐらいのイメージで、実はあまり興味が無かった。
一時期、アル・ヤンコビックの「アーミッシュパラダイス」(Youtube)で紹介されていた、
アーミッシュと混同してたくらいだし(^^;)。

この本は、熱狂的なモルモン教の信者(モルモン原理主義者)が、
実の弟の妻と幼い娘を「神のお告げ」により殺害したという事件を中心に、
強い信仰心が殺意に変わる過程を、モルモン教の血塗られた歴史や、迫害、
一般社会への歩み寄りと、原理主義の発生などその弊害を挟みながら、詳細に描いている。
ちなみに、モルモン教は信者を着実に増やしている宗教で、2080年には信者が2億人を越えるとも
予想されているという。
ある程度の信者数を確保している宗教としては、創設の過程が、はっきりわかるというのが珍しく、
創設時のことはほとんどわからない、キリスト教、イスラム教などができた時も、
同じような過程を歩んだのではないだろうか・・と思える内容。
そして今でも熱狂的な信仰心は、善良である人を、殺人にかりたてる可能性があるとも思えた。

創設者はジョセフ・スミス。
旧約聖書・新約聖書が土台になっていて、それに独自の解釈を加えた内容。
最初の頃のモルモン教は、一番問題になった「一夫多妻制」を提唱してはいなかった。
ただ、教義は、ジョセフ・スミスが「神のお告げに」よりどんどん追加していた為、
彼の望むままに教義が変更できたらしい。
一夫多妻制への嫌悪感は、初期モルモン教徒には強く、スミスは、一夫多妻制を実践しながらも、
なかなか、それを公にはしていなかったらしい。

一夫多妻制というと、イスラム教もそうだけど、モルモン教の教義では、「女性は男の所有物である」
と道具と同じ扱いで(イスラム教でも、女性がそのような扱いをされているケースもあるが、
家庭内の権利が強かったりもする)、夫には一切逆らわない従順さが求められるという。
女性の目から見ると、単に、浮気したい男の気持ちを正当化する為や、
圧倒的男性優位の立場を教義に取り入れただけ・・と感じられる経過だったけど。
モルモン教には「肌が白いのが善」という人種差別の要素もあるし、何か理由をつけて
「自分は何かより絶対的に優位である」という差別意識は(異教徒、性別、人種に対して
多くの宗教で見られるが)、みっともないと思うんだけど、
今の日本の「勝ち組・負け組」意識もそうだけど、多くの人が好むものなんだろうね。

一夫多妻制は、社会の反発の強さに、結局それをモルモン教内でも禁止したが、
ジョセフ・スミスの教えに一途になろうという熱狂的な信者は、それに不満を抱き、
分離し、原理主義となった。
モルモン教の本流(末日聖徒イエス・キリスト教会等)、原理主義(多数の宗派あり)とも、
今現在も分離を繰り返している理由・状況は、他の多くの宗教が、
多数の宗派にわかれた理由・状況をも想像できる。

最初に述べられているのは、アメリカ、カナダ、メキシコなどに存在する、一夫多妻制を実践している
原理主義コミュニテイの問題。
結婚相手を選ぶ事もできず、命令されるまま14歳前後で結婚させられる少女達。
近親相姦なども行われているようだが、生まれながらにして、
モルモン教の教え(神に背けば地獄に落ちる・モルモン教以外は堕落している等)の中で
育った少女達は、警察が介入しても、本当の事は言わず、多くの事件は
うやむやになっているということが述べられている。
アメリカなどに、司法が介入できないコミュニティが存在しているというのは、かなり衝撃的だった。

その後、モルモン教の迫害と血塗られた歴史が語られる。
選民意識が強く、コミュニティ周辺の住民と馴染もうとしなかった初期モルモン教徒達は、
何度も住民たちと衝突し、お互いを殺しあったり、家を破壊しあったりして、その地を追われ、
コミュニティの移動を繰り返した。
南北戦争前後、インディアンなどとの闘いもあった時期の話だ。
創設者スミスも、監獄に囚われた時、暴徒たちに襲われ殺害されている。
逆に、幌馬車隊を襲って女・子供関係なく100人以上虐殺し、それをインディアンのせいにしたり
-インディアンをけしかけて襲わせ、仲裁すると油断させ、皆殺しにした-(マウンテンメドウの虐殺
冒険者を警察の手のものと勘違いして殺し、それをインディアンのせいにしていたなどの事件もある。

モルモン教は、アメリカに、司法を無視した、神の国をつくろうとしたが(訓練した兵隊もいた)、
一夫多妻に対する外部からの反発の大きさに、存続の危うさを感じ、
結局、一夫多妻制を禁止する事にしたが、それが熱狂的信者の離脱、原理主義を発生させた。
白人優位(黒人-黄色人種も-は悪魔の手先←皮膚の色が濃いのは、神に逆らった罰だという)
という教義もあり、現在それも否定しているが、人種差別意識は、強く残っているという。

モルモン教の歴史は、きっと多くの宗教がたどってきた道なのではないかと思う。
他の宗教を否定し、自分達だけが選ばれた人間だという選民思想と優越感、
それによる外部との対立と迫害がより結束を強くし、信仰心を厚いもの、そして場合によっては、
強迫観念的なものとまでなっていく。

実弟アレンの妻と子供を殺害した、ロン・ラファティとダン・ラファティ。
二人は熱心で敬虔なモルモン教徒だったが、モルモン原理主義に触れ、狂信者へと変わっていく。
そこには、自分の妄想や願望を「神の声」として正当化していく過程が、はっきり見てとれて興味深い。
彼らは「自分が間違ったことをしようとしたなら、神が止めたはずなので、間違ってはいない」
と、殺人を正当化し、反省することは無かったという。

後半に書かれている、熱心な信者がみな狂信者になるのかという問いや、
狂信者は精神的に病んでいるのかという話はとても面白かった。

教祖や狂信者になるものの多くは、自己愛がとても強いという。
神の前に、自分は一人の人間だと卑下するのか、自分も神になれると思うのか・・・。
自己愛が強い人間は、他人に認めて欲しい気持ちが強く、否定されると強い反発を抱く。
そういう人間が追い詰められた時、「神の名」の元に、自分を正当化し、自分に都合の良い教義だけを
取り入れ、その内、自分の望む教義を創りだしていく。
ロイもダンもアメリカ人の1%はいるという「自己愛人格障害」であり、教祖になる人の多くは、
この要素を持っているという。
これは、すごく納得。
ダンは、自分が神に選ばれた人間、預言者であり、もうすぐ世紀末が来て、多くのものが滅びる中、
自分は神の国に召されると信じている。

また、熱狂的な宗教心が元で人を殺した人は、精神障害なのかという問いには、
明確に「NO!」と答えている、裁判の答弁について載っている。
もし、神のお告げによって人を殺した事が精神障害で責任能力無しなのであれば、
「宗教を信じている」「霊を信じている」「迷信を信じている」・・・・etc、それらほとんどすべての人が
精神障害であり、罪に問えなくなるという話。
熱狂的信者と、精神障害で責任能力が無いと思える人との
対比(コミュニケーションがとれるか・・etc)も、とても興味深い内容だった。

熱心なモルモン教徒だったが、その後無神論者になった人物のインタビューも面白かった。
無神論者になった彼は、過去を振り返り、何かを信じる事は幸せだと言っている。
「自分はなぜここにいるのか」などの疑問に宗教は答えてくれるし、性的虐待が蔓延していたり、
近親相姦が行われていたらしいが、それは他でも起きているし、子供を育てるには
コロラド・シティは素晴らしい場所だったと、彼は回想する。
しかし彼は探究心が旺盛で、大学に行った事から、モルモン教が教えていた事
(地球は出来て6千年だとか)と科学の矛盾に目を潰れなくなる
(子供の頃は、「そういうことには疑問をもたないように」と預言者に言われ実践してきた)。
科学と宗教の矛盾から教会を離れるものが出ることから、より教育から子供たちを遠ざけようとする
教会の立場や、コミュニティで凝り固まった偽りの教義を教え込まれ育てられる子供達を心配し、
自分の子供たちの「生活の幸せ」より、子供達が自由にものを考えられる事が一番大切だと、
無神論者になった男は言う。

もう一つ、後半で興味深かったのは、モルモン教会が隠そうとする「マウンテンメドウの虐殺」など、
負の歴史を、熱心な信仰心から書籍として発表し、破門された男のインタビューだ。
彼は、悪い部分を隠そうとすることが、モルモン教徒を弱くしているという。
いいことだけを教えられ信仰していた人々が、そういう真実を知って離れていくことを危惧しての
出版だった。

厚い本だけど、その分情報はたっぷりで、宗教が出来る過程や、それに惹かれる人々、
コミュニティの形成、拡大、分裂、狂信者、熱心な信者でも、考え方や行動は一人一人違う・・・
など、いろいろなことを教えてくれる本。
オウム真理教の事件も、きっと当てはまる部分が多いはず。
モルモン教に興味が無くても、「宗教」というものに興味があるのなら、読めば、絶対面白い!
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コメント 2

コステロ

内容に関するハナシが充実していたので、
実際に本を通し読みしたような気になっちゃいました(笑


ちなみに、モルモンの人たちは、
自分たちのことをキリスト教徒だ、と思ってるんですよね。
モルモンってのはあくまでも、カトリックとかプロテスタントとかと同じ、
キリスト教の一派である、と。

で、実は私も、モルモンに関しては多少の覚えがあるのですが、
まぁ要するにひとことで言ってしまえば
「アメリカ人用に特化、改変されたキリスト教」だと思いましたね。
by コステロ (2012-04-18 09:00) 

choko

コステロさん

いや~、かなり厚めで情報量が多い本なので、ここに書いたのは、
ほーーーんのさわりだけです。

一応モルモン教は、元がキリスト教ですけど、カトリックやプロテスタントと
同じとは思ってない気がします。
昔、カトリックとプロテスタントがお互いを異端視したように、
現在イスラム教で、シーア派スンニ派が対立しているように、
自分達が正しくて、あとは異端だと思ってる気が。
かなり教義も違いますし。

この本の面白いのは、モルモン教の成り立ちを見ることで、
他の宗教の成り立ちも想像できることですね。
小さい集団の宗教はいろいろありますが、そこから大きくなれる宗教は少ない。
モルモン教は何故大きな集団になれたのかや、選民思想の効果、
迫害の影響、周囲との折り合い・・・など、
現在のメジャー宗教でもあったと思われる事が書いてあります。
で、創設者は、きっとどの宗教も胡散臭い人だったんだろうなーって思えたりも(^^;)。

それと、アメリカという環境がモルモン教にどのように影響を与えたかや、
現在、思った以上にモルモン教の勢力が強い、
ワールドワイドで強まっているという事実も興味深かったです。

気が向いたら読んでみて下さい(^-^)ノ。
by choko (2012-04-18 22:01) 

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