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「蝿の帝国-軍医たちの黙示録」帚木蓬生著:心の叫びが聞こえてこない・・・ [本ノンフィクション:戦争・戦記]

蝿の帝国―軍医たちの黙示録

蝿の帝国―軍医たちの黙示録

  • 作者: 帚木 蓬生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/07
  • メディア: 単行本
5点

第二次世界大戦の軍医達の手記などを幅広く集め、著者が再構築した軍医戦記もの。
15人の若き軍医を主人公にした短編15編が収められている。

タイトルの元になった「蝿の街」は終戦直後、広島で原爆病のデータを集める為、
亡くなった人々の解剖をする任務についた医者が主人公の話。
他にも、徴兵検査にあたった軍医、捕虜収容所の軍医をしていた為、証人として法廷に呼ばれた軍医、
証人ではなく本人が、被告人として呼ばれた軍医、特攻隊の担当だった軍医、
満州で勤務し、ソ連軍の突然の攻撃に奔走する軍医、沖縄戦に参加した軍医・・・、
様々な立場の軍医の話が取り上げられている。

軍医の手記による戦記ものは、他にも読んでいるが、この本、他の手記で感じられた
戦場に赴いた軍医の、葛藤、苦悩、心の叫び・・・・そういうものが伝わって来ない。

手記の形式をとっているが、実際は、いろいろな記録を元に再構築された
「小説」なせいもあるのだろうけど、著者の書きたかった事と、文章のスタイルが噛みあっていないのが
原因な気が。

この本に収められている短編はどれも主人公の軍医の一人称スタイル。
戦記ものは、この一人称の手記タイプも多い。
戦争下での心理状態や、戦争での体験から考えた事、感じた事などが、
戦争の状況や戦場での出来事を通じて語られている。
メインに来るのは、状況ではなく、その時の気持ちだ。
ところが、この本で語りたいのは、主人公の軍医の生い立ちや、軍医になった過程、
そして戦時下の軍医がどのような事をしていたか、どのような立場だったかなど、
状況説明がメインな為、本来三人称で書かれるべき内容に思えた。

「蠅の街」では、原爆直後の悲惨な広島の風景が語られている。
一人称形式なので、その風景を見て感じた事が語られるのが普通である。
しかし、この本の場合、単に事実を述べるだけの事が多く、一人称のスタイルだけに
「この主人公はこんな悲惨な情景をみても、何も思わないのだろうか???」と、感じてしまう。
三人称であれば、事実の報告だけで済むのだが、一人称なら、そこかしこに、
もっと主人公のその時の気持ちが入ってこなければならないのが、それがないのだ。
結果、原爆症に苦しむ人を助ける事より、データ集めに解剖できる遺体を探すほうが重要な医師・・・
という印象を受けてしまう。
単に、原爆症で苦しむ多くの患者に対する主人公の心理描写が少なすぎるだけなのだが。
そして、途中、幼子の親を診てあげるのが遅れ、手遅れになったことを後悔するという
主人公の心理描写が長く語られるエピソードが入っているのだが、その部分だけがとって
つけたように感じられてしまった。
この構成、三人称なら、違和感が無いのだけど。
その上、一人称な為、三人称で語るより視野が狭くなり、本来語りたいはずの
状況すら見えにくいものに。

「蠅の街」に登場する医師達のモデルになったと思われる京大の医師達の話。
それを、戦中戦後の気象台の状況と、戦後、原爆投下から立ち直れない広島を襲った台風に関して、
広島の気象台を中心に描いたドキュメンタリー「空白の天気図」(後で感想書きます)でも読んだ。
テーマからは外れており、一つのエピソードとしてしか語られていないのに、
「空白の天気図」の方が、治療法を見出す為、原爆病のデータを必死で集めようとした
医師達の志の高さ、原爆症の人々を助けようと奔走する姿などが、しっかり感じられる結果に。

この本で伝えたかったことは、様々な場所での軍医の任務や立場で、
心の葛藤が中心ではないのに、心の動きが重要な一人称で語ってしまったのが、大きな失敗だと思う。
三人称であれば、ちょっとした補足で、心を痛めつつも、任務に取り組んでいる軍医という印象を
持てるが、一人称の場合、主人公の独白が続くので、それがそのまま主人公の印象に直結する。

エピソード的にはいい話もあったし、この本に出てくる話のもとになった軍医達は、
とってつけたように感じられてしまった「感動するエピソード」から想像できるような、
素晴らしい人達が多かったのだろうけど、話全体からはそれが伝わって来ない事が多かった。

どの話も、一人称にしては心理描写が少なくあっさりしすぎており、
主人公は各話違うし、個性もあるのに、どの主人公も、無個性な三人称での語り手のようだ。
過酷な状況にあって、冷静というよりは、まるで他人事のように状況を分析している
観察者というか・・・。
似た状況で、似たような心情が語られるというパターンが多かったのも気になる。
著者の代弁者になってしまっているような・・・。

徴兵検査を、される立場ではなくする立場から語った話や、戦争終了後の満州混乱など、
興味深い内容が多かっただけに、三人称で、もう少し広い視野での状況説明が入っていれば、
より面白くなったと思える話が多く、もったいないと思った。
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